「自分が受けた教育を、子供たちに行う」
教師は大部分、自分が受けた教育が元になっているのだそうです。
私は、高学年の2年間、とても厳しい先生が担任でした。
忘れ物をすると、家に取りに行くように言われました。
実祭に、私は何回も家に取りに行きました。
母親は、そんな自分の息子が恥ずかしいと
「すぐに学校に戻れ」
と言いました。
それでも、私の忘れ物は減らなかった。
宿題もほとんどやっていかなかった。
そのたびに怒られて、立たされて、説教されました。
ひどいときには、半日授業をしないで怒られました。
もう半世紀も前の話なのに、まだ鮮明に覚えています。
私が小学校の教師になったときに、かつての同級生から
「お前、自分が小学校の時に何をしていたのか、分かっているのか」
と言われたことがあります。
でも、私はそういう教師にはなりませんでした。
そういう教師になりたいとも思わなかったし、なりたくないとも思いませんでした。
この意味で、私は冒頭の
「自分が受けた教育を、子供たちに行う」
教師ではありませんでした。
私の教師としてのスタイルに一番多くの影響を与えたのは、高校生活です。
とにかく自由だった。
「校則は3つ」
と言われるほど自由でした。
先生方も決して威圧的に生徒に接することはしませんでした。
「私はこう思うけど、君はどう思うのか」
といつも問われました。
自由には責任が伴うこと。
責任は自分がとるしかないこと。
当たり前ですけど、当たり前の事を3年間きっちりと仕込まれたように思います。
だから、という訳ではありませんが、私は基本的に「放っておかれる」ことが好きです。自分にあまり干渉して欲しくない。
私は、自由であること、が好きです。
子供たちにも、自由であることを用意したいと思っています。
『学び合い』は、自由です。
何を使って勉強してもいい。自分にとって最適の学習を見つければいい。
「自分が受けた教育を、子供たちに行う」
とすれば、高校生活で受けた教育を子供たちに行っていることになると思います。
私は、子供たちの生活にあまり干渉したくありません。
細かいことをごちゃごちゃと言うことも嫌いです。
細かいことを見つけて、手柄を立てたような顔をしている方を時々見かけますが、私にはできないことです。
とにかく放っておく。
私が取れる責任は私がとる。
自分が蒔いた種は自分で刈り取る。
そのうちに、自分で気がついて、子供たちもちゃんと動き出します。
今までは、そうでした。
「うちの母親が言うのだけれど、お前は○○先生に出会ってから変わったよね」
と卒業生に言われたことがあります。
「先生のおかけで、すごく楽しかったよ」
と言われましたが、私がなにかしたわけではありません。
逆です。
私は何もしなかった。
「君たちでやってみろ」
と言っただけです。
そう言ったら、卒業生たちは驚いていました。
結局、自分でやってみるしかありません。
やってみて、失敗したら、次の手を考える。
何回も何回もそうやって、失敗を重ねて、次の手をたくましく考える。
教師は、子供たちを
「次があるよ」
と勇気づける。
私が高校時代に受けてきた教育は、そういうことだったんだと思います。
自由はある。
自分でやってみろ。
失敗したら、次に生かせ。
知らないうちにそうやって、自分で考える態度を身につけてきたのだと思います。
「変わらなければならない」
と言われて、もうだいぶたちました。
私は、『学び合い』から、「個別最適化」へ移ろうとしています。
私はもうほとんど一斉授業をしていません。
気がつくと、一回も黒板を使わない日があります。
今日は逆に珍しく一回もタブレットを使いませんでした。
「アクティブ・ラーニング」が頓挫して、学校は「変わらなければならない」チャンスを逃してしまいました。
そこへ、働き方改革の大きな波が押し寄せています。
学校現場は、いくつかの文脈で大きな岐路に立たされていると感じています。