水戸黄門のセリフではありませんが、
「もういいでしょう」
という感じです。
コロナで飲み会がなくなって、もう飲み会に出るのが億劫で仕方ありません。
飲み会が嫌なのではなくて、どうせ飲むなら本当に気の置けない楽しい人たちとだけ飲み会をしたいと思うのです。付き合いで参加するのは、もういいでしょうと思っています。
コロナ以降の話になり、様々なことが復活するようです。職場での納め会、歓送迎会なども復活の様子です。
でも、私は「もういいでしょう」と思っています。
『学び合い』に出会って、そろそろ20年になります。
大学院が終わって現場に戻ったときには、課題解決型の学習が全盛でした。
今もって、課題解決型の授業に取り組んでいる学校も地域もあります。
それを私は批判するつもりは全くありません。
私が勤務する地域は、「学びの共同体」による学び合いを推進しています。一斉授業に取り組むよりは、ずっといいと私は思っています。
学び合いを進めていくと、先生方からはいつかどこかで聞いたような批判を耳にするようになります。
その典型が
「友達のノートを写しているだけの子供がいる」
というものです。
「分かっていないのに、ただ写しているだけでいいのか」
とご意見です。
どこかで聞いたことのあるご意見だなあと思っていたのですが、あまりにも「真っ当な意見」のような扱いをしているので、思わず意見を申し上げてしまいました。
「それは、今までの授業の成果ですよ。教師が黒板に書いた事を写すように言ってきたでしょ。だから子供は分からなくてもとりあえず友達のノートを写しているのです。」
「でも、写している段階で、どうして、と聞くことが出来るのは、教師よりもともだちですよね。だから、私は写していてもいいと思っているのです」
そのほかにも、学び合いに対する疑問やご意見がありました。私からすると、それらはすべて『学び合い』の中で議論されて解決されたものです。
学び合いを進めていくと、通る道はどれも同じようです。
最後は、どれほど成果を上げたとしても、教師がどこまで腹をくくれるかにかかっていると思います。
小学校の場合です。
よほどの強い意志と幸運がないと、自分が得意でない分野の担当をすることがあります。
私は、全くの専門外だったのに、理科主任を長くやっていたために、理科が得意であるように思われています。
理科の授業は好きですが、自分では全くの専門外と思っています。
その専門外の理科で、研修に行ったのですから、人生は分からないものです。
たまたま異動した学校の都合で、その担当になってしまったということが度々発生します。
でも、主任なので、主任会議には出席します。これまたたまたま主任会議の部長を仰せつかるという場合もあります。
でもでも、です。大丈夫なのです。何とか与えられた仕事をこなしてしまうのです。
みんなやっていることだからです。
「まいったよ」
なんて会話を何回聞いてきたことでしょうか。
出来てしまうのです。
誰がやっても出来るシステムが出来ているからです。
「誰がやっても」というと、不機嫌になる方がいらっしゃるとは思いますが、現実です。誰がやっても出来るのです。
それでいいと私は思っています。
さらに、でも、です。
時として、
「専門だから主任をやっているのでしょう」
と言われることがあります。その立場を求められる事もあります。
確かに、その道の専門家としてやっている方もいます。全員ではありません。
「専門だから」
と言われて困る方もいます。
そういう方への、気遣いも大切です。
そういう気遣いが出来ない方が、責任ある立場の場合、本当に困ったことになります。
「仕事だから、やっているのだけど、それを求められても困る」
という方です。
責任ある立場の方が、そういう発言をされるのを聞いていると、きっと教室でも同じ事をやっていたのだろうと思います。
そういう方は、早く教室を離れていただいて、指導者としての道を探された方がいいと思っています。
まあ、大きなお世話ですけど。
新年が始まりました。
今年の抱負、みたいなものを考えてみます。
第一に、心身の健康。
数年前のこと、体中にじんましんが出来て、薬を飲んでいました。
それが、コロナになってから、全く出なくなりました。
コロナがきっかけではなく、ある原因であると思い当たるようになりました。
心の問題、ストレスは恐ろしいと感じています。
幸いにして、コロナ以降、なくなって良かったこともたくさんあります。
復活して欲しくないなあと思っていることもあります。
体の健康は、自分の体と相談しながら無理のない程度に進めていくしかありません。
体力の向上は目指しません。ひたすら、現状維持です。
昨年末に、自転車で峠越えをしたら、とてもきつく感じました。
いよいよ峠越えはきつくなってきたようです。
これも、無理のない程度です。
第二に、生きていることを楽しむこと。
お酒がほとんど飲めなくなったので、コーヒーをいろいろと楽しむことを始めています。
自分の趣味を広げずに、そこそこと素人のレベルで楽しみます。
友人が
「今年はどういう年になるか、ではなく、どういう年にしたいか、だ」
と書いていました。私は、「どういう年にしたいか」とは思いません。そんなに自分が思うようなことが出来るはずもなく、あまりにも偶発的な出来事に左右にされることが多いからです。その偶発的な出来事が自分の意思に全く関係なく、自分の人生に大きく関わってくることが多いからです。
自分の事ですから、今は何事もなく、健康に過ごしているけれど、どこで重大な病気が見つかるかもしれないし、どこでどんなけがをするかもしれない。動けないほどの原因不明の腰痛が始まるかもしれない。そうなったら、どうしたいか、と考えてもどうにもにならない。
基本的に楽観的な見通しをもつ私ですら、もうこの歳になると、何が起こるか分からない。何が起きても不思議ではありません。
今できることを精々楽しんでおくことくらいなものです。
皆様のご健勝とご多幸をお祈りいたします。
今朝の毎日新聞の朝刊。
「心の病」で求職している教師が過去最高とありました。
先日、不登校が過去最高になったともありました。
この二つをどのように考えるのか、とても興味深い問題だと思います。
新聞の論調は、心の病を抱えないように教師のカウンセリングなどの対応をするという感じでした。不登校も個々に応じた対応を強化するという内容でした。
不登校の対応を強化すれば、教師の負担が増えます。教師の負担が増えれば、教師の心の病による病休が増えます。
だから、教師の数を増やす必要があるとなります。私は教師の数を増やすことには諸手を挙げて賛成です。一人増えれば、一人あたりの負担は減ります。
教師の問題で言えば、暴論かもしれませんが、教師が自ら首を絞めている面があります。
私は、
「それをやったら、お互いの首を絞めるよ」
と思うことがあります。もう少し、ゆったりとやった方がいいのではないかとも思います。
さらに言えば、もう少し、教師の方は放っておくのがいいと思います。お互いに好き勝手にやるほうがいいと思います。
「隣の教室で、こうやっているから、うちも何かしなくちゃ」
「話し合って決めた事だから、これはやっておかなくちゃ」
という同調圧力からどのように抜け出すのか、自分で首を絞めているのです。
私は、どんなに教育的な効果が期待されても、大幅に勤務時間を超えるようなことは絶対にしません。同調を求められても、
「それは勤務時間内に出来ないことなので、同意しません」
とはっきりと言います。最近は、この言い方が通るようになったので、とても楽になりました。
出来ないことはできないと言えば済みます。
少し放っておいて欲しい。
私は、この学期末いろいろな事情で仕事が捗って、結構時間がありました。
学期末なのに、定時退勤していました。
家族は
「教員がブラック、って本当なの」
と言います。
私も時には、時間外も働きますが、1年間を通して、定時に退勤しています。
私は昨年度で定年退職しています。
今年はフルタイムで働いています。
仕事の内容は全く変わっていませんし、自分の生活も全く変わっていません。
変わったと言えば、給料が減ったことくらいです。年収ベースで考えると、およそ半分程度です。
幸いにして、妻も働いているので生活には困らない程度で暮らしています。
先日、支援担当訪問がありました。
指導者の話を聞いていて、
「私はもう去るべきなのか」
と自問してしまいました。
私が大学院を終えて、現場に復帰するときの報告会で
「教師は最善の教え手ではない」
と発表したところ
「教師が教えなくて誰が教えるのか」
と発言した指導者がいました。
それが今や、“学び合い”は多くの現場で取り入れてられる状況になりました。
ここまで、15年かかりました。
私は、今後「個別最適化」に動くと思っています。『学び合い』の実践者の多くはすでに「個別最適化」が現実のものになっていくと考えていると思います。「個別最適化」に対応できるのは『学び合い』だけだとも私は思っています。
それなのに、今回指導者の口から出た言葉は相変わらず一斉指導を前提とした授業改革への話だけでした。すでに一斉指導という枠組みが崩れ始めているのに、それを強化する方向の話だけに終始しました。
確かに、改革が出来るのは、一部の教師だけです。トップダウンでの改革は不可能でしょう。
そんなことを考えてしまいました。
いよいよ私にも、「去るとき」が近づいているような気がしてなりません。
西川先生が繰り返し、脱工業化について語られています。
すでに、工業化の時代は終わっているのに、相変わらず工業化のコードで語られていることを嘆いています。
「下り坂のニッポンの幸福論」清幻社
にこんな記述がありました。
54ページです。
産業はさらに高度化して、今「価値あるもの」を生み出しているのは第四次産業革命以降の産業です。AIとか、ロボット工学とか、バイオテクノロジーとか、仮想現実とかが「価値あるもの」を生み出す基幹産業へシフトしている。でも、僕たちはまだそういう産業について輪郭のはっきりしたイメージを持っていない。仕方ないので、いまだに時代遅れの工学的比喩で学校教育を語っている。
この部分を読んで、
「あー」
と感じてしまいました。西川先生のいう脱工業化は現実になっているけれど、それを語る言葉がない。何という指摘だろうと感じ入ってしまいました。
どのように語ろうとも、結局現状に縛られています。自覚なしに、工業化のコードで語ってしまうのです。脱工業化の言葉を知っている人が居ないのですから、誰もが現状の言葉で語るしかない。
指導者が一所懸命に新しい教室について語ろうとすると、どうしても工業化のコードで語ることになる。私はそれを「古くさい」と思う。結局、現状をどのように訂正していくか、のレベルになってしまう。言葉遣いが古くさいから、新しい事を語れない、語っているように思えない。
「結局、今までと同じでいいんかい」
となってしまう。だから、何も変わらない。
言葉遣いが「工業化」から抜け出せないから、いつまでたっても何も変わらない。
難儀なものだと思う。
新しい教育を語るなら、新しい言葉で語らないと。
とても難しい問題です。